食う

タコミートのレタス包み

毎年どうするべきか悩むのが、節分の福豆(大豆)の処理。 「鬼は外―っ!」なんて投げることもせず、ただ歳の数だけでも食べておく程度だから、けっこうな量が残ってしまう。 かといってそのままボリボリ食べるほど好きなわけでもなく、ましてや捨てるなんて福が逃げてしまいそうなこともしたくない。 そんなわけで、そのためと言っていいぐらいの理由で作ったのがこの「タコミートのレタス包み」。 たまたまパプリカとセロリがお買い得なプライスだったってこともあったけれど。 ちょっと聞き慣れない“タコミート”とは、つまるところ南米料理のタコスの具材の一つでひき肉の炒めもののこと。これさえ作ってしまえば、あとはレタスに包んで食べるだけなんで、7割方完成したも同然になる。 まずは、玉ねぎ、セロリ、パプリカ(黄・赤)、ニンニクを各々みじん切りに。 プライパンにオリーブオイルをひいてニンニクで風味をつけ、玉ねぎとセロリを炒めていく。 ある程度しっとりとしてきたら、ひき肉(合い挽き)を投入。同時に、臭みを消すための日本酒も少々。 強火にしてアルコールを飛ばしつつ、ある程度ひき肉に火が通ったら、パプリカ(黄・赤)と福豆を入れる。 もちろん福豆はそのままではなくて、一晩水につけて、調理直前に軽く湯がいておいたもの。 そして肝心の調味へ。 砂糖をほんのすこし入れ、コク出しに。 あとは塩と黒胡椒、ナツメグを適量。 最後にチリソースをたっぷりふりかけ、味をなじませると完成。 しっかり水をきったレタスで包んでパクパクっと頬張ると、福豆をはじめいろんな食感が楽しめて飽きのこない美味しさが! フランスパンなんか添えると、それはそれはワインがすすむこと間違いなし。 余ったら、朝ごはんにパンケーキでピタを作ってみてもいいし、野菜ジュースとカレールーを追加してキーマにしてもいい。 また、調味の日本酒を紹興酒に、チリソースを豆板醤・甜麺醤・オイスターソースに変更し、仕上げに五香粉を追加するだけで、基本的な材料をそのままに中華風にアレンジすることも簡単にできる。 福豆の処理に困らなくても、けっこう使い勝手のいいタコミートレシピ。ぜひお試しあれ。
読む

『白ゆき姫殺人事件』

3月29日に全国ロードショーされる「白ゆき姫殺人事件」。湊かなえによる同名小説の映画化である。 その予告を映画館で垣間見、なかなか興味深いあらましに刺激され、あわてて書店へ飛び込んだのが昨年末。そのまま手に取ることもなく新年を迎え、つい先日ようやくそのページをめくった。 湊女史お得意の一人称独白形式。まるでドラマの台本のように流れる話の運び方は、脚本家を目指していた彼女ならでは。いつもながら大変読みやすい。これならブログ世代の若者でもすんなり作品の中に入ることができるだろう。 序盤から中盤にかけて、犯人と思しき人物をよく知る関係者の独白証言が取材という形で表現され、隠された心情とともに事件の全体像が露にされていく。そんなところだけを聞くと宮部みゆきの『理由』を彷彿としそうだが、構成はもちろん意図するところはまったく異なる。この作品で著者が言いたかったことは、誰にでもある身近に潜む些細な悪意が連鎖反応しやすくなった社会。「テトリス」や「ぷよぷよ」、いやいや今なら「パズドラ」のコンボのようにハマってしまったら、本人の意志とは関係なく殺人にまで簡単につながってしまえるという現実。こういった些細な悪意がはらむ脅威を題材にするところは、他の湊作品にも多く共通する。 物語の最後の方には、事件の関係者たちが書き込んだ「マンマロー」という「Twitter」によく似たソーシャルメディアのログと、劇中に登場する架空の週刊誌が掲載した事件の記事が時系列に掲出されている。それを目にする時点ですでに読者には犯人が誰なのか呈示されているわけだが、それでもまだ埋まっていないパズルのピースを読み取って埋めてやることで、犯人を含めた本当の意味での全体像が明らかになる。 ソーシャルメディアを効果的に取り入れた同じ湊作品の『高校入試』が先にドラマの脚本であったように、そういう意味では同作品もむしろ映像化向けの作品なのかもしれない。作中で象徴的に扱われる「白ゆき姫」などは映像の方がうまく表現できそうだ。さてさて、映画の公開まであと1カ月と少し。登場人物の設定など少し違うところもあるようなので、映画館に足を運ばれる前にぜひともオススメしたい。
参る

猿田彦神社

伊勢神宮内宮の近くにて、寄り添うように佇む猿田彦神社。 天照大神の命を受け、高天原から地上に降りた天孫・瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を葦原中国(高千穂)まで先導した国津神・猿田彦大神と、その子孫・大田命を御祭神とする。記紀に登場するそんな役回りから、物事の最初にあらわれて、万事最も善い方へ「おみちびき」になる神とされ、交通安全や方位除け、旅人の神として古来より多くの人から信仰されてきた。 境内の中央には八角形の方位石なる石柱があり、なんでも猿田彦大神が長い間ご鎮座されていた場所だとか。その石柱の表面には十干十二支(じっかんじゅうにし)からなる方位(文字)が刻まれている。十干とは、木火土金水の5つに陰(兄)と陽(弟)をかけあわせたもので、十二支はおなじみ子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥。とある風水師によると、この石柱に記された方位(文字)を願い事によって順番に3つ触っていくと大変いいことがあるらしい。 一方、本殿と向かい合うように建てられた小さな摂社には、猿田彦大神の妻・天宇受賣命(アメノウズメ)が祀られている。有名な天照大神の岩戸隠れで大活躍した女神で、先の天孫降臨においては瓊瓊杵尊に同行した“五伴緒(いつともおの)”の1神。 夫婦神ならばともに本殿へ祀られることが多いなか、天宇受賣命に関しては摂社や別宮に祀られているスタイルが少なくない。ただ、こちらの摂社には千木や鰹木がなく、不思議に思いふと本殿の屋根へ目を向けると千木が内削ぎだった。 祭神が男神の社は千木を外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)に、女神の社は内削ぎ(水平に削る)にすることが多いはずなのだが…(なかでも出雲諸社に多いが絶対ではない)。本殿に祀られている猿田彦大神はそもそも国津神なのだから出雲縁の神々に近く、ましてや事代主と同一なんて説もあったりするならなおのこと外削ぎでないことが腑に落ちず…。ならば猿田彦大神の総本社・椿大神社の千木はどうなっているんだろう…と今すぐ鈴鹿へ飛んで行きたくなる衝動を抑えつつ、同社を後にした。 毎年5月5日には豊作を祈って早苗を植えるお祭り「御神田祭」が行われる。いつかここでご紹介する機会があれば、併祀されている大田命と倭姫のお話もできればと思う。猿田彦大神と天宇受賣命はとても個性的で魅力的な神様。伊勢神宮内宮へご参拝の際には、ぜひとも立ち寄られることをオススメする。
食う

豚バラ肉とキノコのうま煮

白飯をたらふく食べられる、めちゃウマおかず一品。 主な材料は豚バラ肉、エリンギ、しめじと超シンプル。 まず、豚バラ肉ブロックを厚さ1cmにカットし、 さらにそれを3分の一にカットしてスティック状に。 バットへ広げ、塩コショウをわりとしっかりめにふりかける。 次に、エリンギを少し大きめにカットし、しめじは石づきをとってほぐす。 鍋に油を大さじ1杯程度入れる。 サラダ油でもいいが、できればネギ油がオススメ。 ネギ油とは刻んだ白ネギを揚げたあとの油で、 風味もよく、旨味も普通の油とは格段に違う。 事前にネギ油を作ったなら、その揚げカスもあとで使うのでとっておくように。 さて、油をひいた鍋をほどよく熱して刻んだ豚バラ肉を炒める。 鍋底に焦げ目がつく程度まで軽く炒めたら、エリンギ、しめじを投入。 そのとき、先ほどのネギ油の揚げカスがあれば一緒に入れる(なくてもOK)。 キノコたちがうっすら汗をかくまで炒めたら、ようやく調味料の出番。 まずは酒。日本酒でもいいが、米焼酎にするとよりコクが出る。 火をつけてアルコールをとばし(米焼酎は度数が高いので注意)、 蓋をして30秒ほど具材をなじませます。 次に砂糖。ただ、ここもできれば黒砂糖を。 脂っこいものを調味するときは、白より黒の方がしっかり味がつく。 さらにいえば、煮込みのときはザラメを使うとぐっと味は深くなる。 なので、今回はその両方を大さじ2ずつくらい入れ、 醤油大さじ3、水1カップ、白だし小さじ1を加えてひと煮立ちさせる。 あとは蓋をして、中火のやや弱めで30分コトコト煮込むと出来上がり。 (砂糖をけっこう入れているので、焦げやすいから注意!) トロットロになった豚バラとキノコが甘辛く、両方の旨味が凝縮したやみつきおかず。 少々脂っこいので、口直しにキムチなんか添えるとなおGOOD! ぜひお試しあれ♪
読む

『幸福な生活』

なんでここまで作風を変えられるのだろう。 その幅の広さは宮部みゆきを彷彿とさせる。 著書のすべてに一貫して存在するのは、なりふりかまわない人間の「本音」。 この「本音」を材料に、いろんな料理を作るのが百田直樹なのだろう。 今回はそんな幅広いレシピのなかでもかなりな創作料理、 ブラックユーモアに満ちた全18編からなる短篇集『幸福な生活』をご紹介。 創作料理とした理由の一つは、全編をとおして定められた約束事のせい。 各編の最後の1行は必ずページをめくって現れるという構成になっており、 その1行がまるでジグソーパズルの最後の1ピースのように、 それまでのストーリーのすべて補完し、予想外な結末へと収束させる。 つまり、読み手に巧みな表現で誤った先入観を植え付け、 最後の一言で誤認していた事実を伝えて“どんでん返し”を狙う、 ミステリ小説でいうところの“叙述トリック”が仕掛けられている。 18編すべての話にそういった仕掛けを施すなんて よほどストーリーテリングに自信がないとできることではない。 まあ、ミステリ好きが高じてひねくれた読み方が身についた小生は それでもそうそうミスリードされることはなかったのだけれど。 とりわけ秀逸だったのは、小泉八雲の『雪女』を下敷きにした『償い』。 星新一のショートショートを偲ばせる表現力と話の運び方が絶妙だった。 なかには、読み進めていく過程で最後の真相に気づいてしまったり、 あまりのミスリードの多さに食傷気味になりそうなものもあったが、 総じて、小気味いい百田尚樹の筆致が最後には上質なものへ昇華してしまう。 それは、全話に共通するブラックユーモアならではの後味の悪さも含めて。 読書が苦手で、最後まで読みきったことのない人にぜひオススメしたい 「物語」の魅力をいい意味でミスリードする教材のような一冊。
参る

今宮戎神社(十日戎)

今宮戎神社(十日戎) 御祭神は天照皇大神、事代主神。 素盞嗚命、月読尊、稚日女尊が配祀されている。 天津神と一緒に事代主神ってところにとても違和感があるが、 なんとこの事代主が“えびす”だという。 戎といえば、恵比寿であり、蛭子なわけで、つまりはヒルコ神。 ひいては伊邪那岐神(イザナギ)と伊邪那美神(イザナミ)の第三子なわけだから、 三貴神や稚日女尊と一緒であっても違和感はない。 そこへきてなぜ国津神の事代主の名で祀られているのか。 それは……。なんて小難しいことはさておいて、今回は十日戎のお話。 毎年1月10日の前後3日間に行われる戎社の例祭。通称「えべっさん」。 9日を“宵戎”、10日を“本戎”、11日を“残り福”という。 一般的なのは西日本で、なかでも最も賑わうのが、 浪速の商人に親しまれてきた大阪の今宮戎神社である。 同日の戎社周辺は車両規制され、難波から今宮戎までの道中にはたくさんの露店が並ぶ。 社に近づくにつれ人だかりは膨れ上がり、境内に流れる「商売繁盛で笹持って来い♪」のお囃子が聞こえる頃には、 露店の品が「縁起熊手」や福集めの「み」、恵比寿・大黒・お多福にちなんだ物に変わる。 境内に入るとすぐ大きな桶のようなものがあり、その中へ昨年頂戴した福笹を納める。 次に、もみくちゃにされながらも拝殿へとできるだけ進み、 なんとかお賽銭を投げ入れて手を合わせる(二礼二拍手はとてもできない)。 それから拝殿間際まで頑張って近づいて、禰宜や“えびす娘”さん(毎年選出)が配る新たな福笹を授かり、 その笹へ御札や吉兆と呼ばれる縁起物を付けてもらう(有償)ため “福むすめ”さん(毎年選出)たちが並ぶ受付のようなところへ。 ちなみに、御札や吉兆は各々1,000円~2,500円で参拝者が自由に選ぶことができ、 一つひとつ“福むすめ”さんに飾り付けてもらって代金をお支払いする。 吉兆には、銭叺(ぜにかます)、銭袋、末広、小判、丁銀、烏帽子、臼、小槌、 米俵、鯛など、「野の幸」「山の幸」「海の幸」を象徴した縁起物が色とりどり。 この一連の流れを終えて社を出たころには、もうヘトヘトである。 ただ、心は不思議とスッキリしているもので、もみくちゃにされながらも事を成し遂げた達成感か、 はたまた厄落としの通過儀礼のようなものなのか、それは誰にもわからない。 拝殿の裏にまわると金属板でできたドラのようなものがあり、大阪商人は拝んだだけでは心配なので、 ちゃんと願い事を聞いてくれたかドラを叩くことで神様に念を押す。 ドンドンドン、ドンドンドン、と鳴り響くドラの音とともに、 「えべっさん、今年こそ頼んだでぇ!」というひときわ大きな大阪弁が今も耳に残っている。
食う

煮込みハンバーグ

冷凍庫の中がなかなか減っていかない。 そんなとき、大抵はひき肉がたくさんあったりする。 けっこう何にでも使えてしまうから、特価の度に買っては冷凍庫へ。 そうこうするうちに、積もり積もって何パックも冷凍してたりするわけで。 そんなときは、大量にミートソースを作るか、大量にこねて丸めるか。 今回は後者を選択。かくしてハンバーグとロールキャベツの出来上がり。 ここで本来なら一つひとつラップに包んで小出しに消費していきたいところだが、 一度解凍した食材を再び冷凍するのは衛生的にきわめてNG。 ならば一度に調理して、冷えても美味しくいただける煮込み料理の出番。 (もともとロールキャベツは煮込むんだけどね) 煮込むとなると、ソースが肝心。 まずはフライパンにバターを落とし、ハンバーグとキノコをソテー。 キノコには癖のないシメジとエリンギをチョイス。 軽く焦げ目がついたら、ロールキャベツと赤ワインを投入。 なければ日本酒でも可(今回はなかったので日本酒)。 アルコールをとばし、すかさずぐちゃぐちゃにしたホールトマト1缶分を追加。 次に調味としてケチャップ、ウスターソース、塩(少々)、 黒胡椒(少々)、砂糖(ほんの少し)を入れる。 あとは適当にハンバーグとロールキャベツを返し、 焦げないようにぐつぐつ煮込んで出来上がり。 滲みでた肉汁が溶け込んだソースは濃厚で、 旨味がたっぷり詰まった絶妙なものに。 ロールキャベツだと水溶き片栗粉でとろみをつけるけれど、 水を一切使っていないからそのままで十分。 あとは、食べたい分だけ食べて、 残りを冷蔵庫に入れておけば二・三日は大丈夫。 レンジで温めなおしてもよし、 スライスチーズをのっけてグリルしてもOK。 冷えたままでも美味しいから、弁当のおかずにも最適な逸品。
読む

『書楼弔堂 破暁』(しょろうとむらいどう はぎょう)

ときは明治維新から20年後。舞台は、東京近郊にある怪しさ満点の古書店“弔堂”。 主人公は、ある日を境にその店へ通うことになる元士族の厭世観と自虐思考に囚われた中年ニート・高遠。 元僧侶の店主は、店にある書物を処方することで、客の悩み事に一筋の光をあてる。 たとえるなら古書店で行われる不定愁訴外来といったところ。 さらに来る客はみなみな実物の傑物ばかりで、 読み進むうちに次は誰が登場するのか、ちょっとした楽しみになっていく。 猿まわし役の高遠も、その処方に関わっていくうちに、病んでいた心に少しづつ変化が芽生え…。 これまでの百鬼夜行(京極堂)シリーズに似ているようで、それでもまったく違うような、 いわゆる裏と表、陰と陽ともいえる構成が、大変おもしろい。 古書店“弔堂”と古本屋“京極堂”、白装束と黒装束、元僧侶と兼業神主(陰陽師)。 書物を処方し患者を祝う弔堂店主と、憑物落としで依頼者を呪う京極堂店主。 変わりゆく世についていけない高遠と、世間と折り合いを付けられない“うつ病”の関口巽。 当てはめていけばいくほど対照的にみえる舞台と役者たち。 百鬼夜行(京極堂)シリーズに比べ小難しくもなく、わりと動きの少ない蛋白な話の運び方は、 初めて京極作品を読む方にとって入りやすく、 同シリーズや後巷説シリーズをこよなく愛する方にとっても 随所にリンクが貼られてあって、大変楽しめる作品になっている。 また、他の京極作品の例に漏れず、立て板に水のごとく展開する会話文はさずがの一言。 思わず声に出して読みたくなるほどの流暢な言葉のやりとりは、 テンポよく読み進むためのエッセンスとなって、ぐいぐい読み手をその世界へのめり込ませていく。 ラストはなんだか続くような終わり方でもあり、高遠の行く末も気になるところ。 早く次巻を手にしたいと、久しぶりに思わせてくれた嬉しい一冊だった。
参る

新薬師寺

奈良は高畑の一角に、ひっそりと佇む華厳宗の古刹・新薬師寺。 かつては南都十大寺のひとつに数えられる大きな寺院だったが、 落雷や台風などの被災により主たる伽藍は本堂を残すのみとなっている。 南門から入ってすぐに見える本堂は、石灯籠を中心に左右対称を成し、 緩やかな勾配をみせる屋根と大きな白壁のコントラストが美しい。 本堂には、中央に薬師如来、その周囲に薬師十二神将が配され、 その光景はさながら薬師如来を教主とする 東方浄瑠璃世界の一部を具現化しているかのよう。 ご本尊の薬師如来は、他にあまり類を見ない肉感的な体躯で、 なかでも印象的なのは大きく見開かれた両の眼(まなこ)。 如来の多くは半眼で瞑想する様を現すのに対し、 異様なまでに大きい黒目は目を合わせた者の心を瞬時に捕らえて離さない。 額には如来にあるはずの白毫もなく、そのお姿はなんだかいつもの仏様と違う。 そのご本尊を背に背を向け、威嚇の様相を露わにした十二神将が四方八方へ睨みを利かす。 薄暗い堂内に佇むその勇姿を、円を描くようにぐるりと礼拝していくと、 日頃の愚行や甘えた性根に喝を入れてくださるようで、自然と背筋が伸びていく。 とりわけ傑作と名高い伐折羅(ばさら)神将の荒々しく檄を飛ばすお姿は、 大きく開かれた口から本当の咆哮が聞こえるようで一瞬たじろいでしまうほど。 こうした躍動感溢れるご仏像をじっくり拝することができるのも、新薬師寺ならでは。 境内の「静」と堂内の「動」の二律をもって陰陽を表現したような同寺。 初秋には萩が咲き誇り、また違った趣が楽しめるという。 ちなみに、新薬師寺の「新」とは、先に紹介したに対するものではなく、 霊験“あらたかな”という意を現した所以だとか。
食う

イベリコ丼

ごくごくたま~に、会社帰りに立ち寄ることがある焼鳥屋さん「藤彦」。 今年の10月下旬で1周年を迎えたばかりで、 贔屓にする常連や固定客が多い隠れた人気店。 それもそのはず。柔らかくてジューシーな大山地鶏が手軽につまめて、 有名な日本酒や焼酎が飲めるのだから、口の肥えた飲兵衛にはたまらないはず。 今回は、そんな同店のランチメニューに名を連ねる逸品 「限定数量 イベリコ丼」(700円)をご紹介。 これだけを見れば、貴重なイベリコ豚の丼がリーズナブルにいただける お得なランチだが、出てきた姿はその期待を予想以上裏切ってくれる。 なんと、てっきり牛丼のように煮こまれてくるか、 はたまた沖縄のラフテイのような角煮、 もしくはカツ丼のようなフライ…なんて思っていたのに、 その姿はまさにネギトロ丼。 まさか豚が“生”で出てくるとは…。 まあ、物は試しと一口いただいてみたら、これがトロットロ。 臭みもなく、薬味のネギとも相性抜群。 熱い白飯に染み込んだ甘い醤油ダレと溶け出したイベリコの脂が相まって、 まったりと絶妙な旨味を醸しだしていた。 添えられたワサビをつけるとまた違った風味が楽しめ、 たしかにこれはネギトロ丼のイベリコ豚ver.。 火を通さないと食べられないという豚の概念を切り崩す、 イベリコ豚の底力を感じさせる大胆メニュー。 お近くにお越しの際はぜひ。 藤彦 <問合>06-6648-0135 <時間>11:30~14:00、17:00~23:00(L.O.22:00) <定休>無休 <住所>大阪府大阪市浪速区元町1-2-10 <交通>なんば駅(大阪市営)から100m
読む

『晴れた日は図書館へいこう』

本が大好きな小学5年生の主人公(わたし)・茅野しおりが 図書館を舞台に様々な人たちと出会い、 そこで起こるささやかな事件を解明していく連作短編の児童文学。 ゆえに、とても丁寧な文章やわかりやすい表現で綴られており、 読書が苦手な児童にも読みやすいように工夫されているが、 その秀逸な筋書きはもはや児童書の域を超え、 大人でも十分楽しむことができる。 それもそのはず、著者の緑川聖司はそもそもミステリ愛読者なのだ。 大学時代はミステリ研に所属し、 本棚には本格ミステリの傑作『奇想、天を動かす』(島田荘司)や ミステリマニア必読の奇書『匣の中の失楽』(竹本健治)、 新本格ブームをもたらした一冊『月光ゲーム』(有栖川有栖)などが 並べられていたという。 これらの名作(迷作)を愛してきた人間なら、 たとえ児童文学であってもエンターテイメント性を 欠いたストーリーを創作したりはしない。 ただし、そこに暗号が残された密室殺人は発生しないし、 脱出不可能な孤島に閉じ込められるようなことも一切ない。 もっといえば、主人公が突然あたりかまわず難解な数式を書き出すようなことも、 キーワードを書いた半紙を破って頭上で撒き散らすようなこともしない。 すべては日常で起こりえるちょっとした事件であり、 それでいて誰もが不思議に思う不可解な謎。 そこに隠された真実の一つひとつに人を思いやる優しい気持ちが込められており、 一編一編読み終えるたびにささくれだっていた心は滑らかな丸みを取り戻す。 文庫化に伴って書き下ろされたラストの一編、 番外編“雨の日も図書館へいこう”では、 書物ならではの巧みな叙述トリックが用いられ、 久々にミステリの醍醐味に浸ることができた。 ちょうど季節はクリスマス前。 ゲームばかりして本の面白さを知らないあの子に贈ってあげたい、 懐の寒いボクがそんなことを思ってしまった奇跡の一冊。
参る

大安寺

そもそもは平城遷都にともなって移築された藤原京の大官大寺。 奈良時代には官大寺の筆頭寺院として空海や最澄も学び、 東大寺と肩を並べる壮大で壮麗な寺院だった大安寺。 現在は往時に比べ寺運衰微したものの、 がん封じの寺として全国各地より多くの人が参拝する。 初めて同寺を参拝するきっかけが、まさにこの“がん封じ”だった。 身内の誰かが“がん”など大病に罹ったとき、 あらゆる現実的な手を尽くすだけ尽くした後は、 やはりこうした場所へたどり着くことになる。 それはたとえ常日頃より信心深くない者であっても同じ。 病魔に苦しむ本人はもちろん、憂慮に蝕まれる周囲の者たちの心までも 懐深く受け止め、癒やし、一時でも平穏を与えてくれる。 ご本尊は、10種類の現世での利益(十種勝利)と 4種類の来世での果報(四種功徳)をもたらす十一面観音菩薩。 同寺では特定の期間を除き、平素は秘仏とされており 優美と名高いそのお姿はめったに目にすることができない。 境内はよくある寺院の静謐で整然としたものではなく、 まるで旧家の広い庭のそれのようでありとても居心地がいい。 その一角には“いのちの小径”なる小さな竹林があり、 青竹から放たれた清き精気に満ちていた。
食う

ケジャン鍋

ケジャンとは韓国料理の一つで、韓国タレ(ヤンニョム)に漬けたワタリガニのキムチのこと。 本来は他のキムチと同様に、そのまま生でいただく発酵食品(漬物)である。 (正直、生で食べたことはない) ちなみに、日本の某女優がテレビ番組で紹介してから、 一気にその名が知れてしまったのはカンジャンケジャンの方で、 こちらは醤油ダレに漬け込んだもの。 しかしてそんなケジャンを生では食さずにダシに使うという 韓国の人から見れば大変もったいないことをする鍋なのである。 (日本人でいえば、刺し身を鍋のダシにするようなもの) さらに、同様に大事なのはそこについてくる真っ赤な韓国タレ(ヤンニョム)で これをできるだけ残さず鍋に入れてケジャンと一緒に水から茹でる。 次に、こちらもできれば欠かせたくない万能醤油を投入。 何が万能かといえば、スライスしたニンニクと鷹の爪を一晩漬け込んだ一定量の醤油に ゴマとゴマ油と細かく刻んだネギを少量合わせたもの。 (炒めものやら漬け込みまで、なんでも使えるから万能なのだ) 今回はそこへ殻付きのエビも一緒に入れて、海鮮のダシをより濃厚なものに。 煮立ってきたら、これがそのままスープのベースになる。 あとは、なんでも好きな食材をいれていくだけ。 今回は、白菜、エノキ、しめじ、ニラ、油揚げ、豆腐、水餃子。 そして白菜キムチ。(白菜を入れた場合はなくてもいい) もういいだろう…とほっとしていたら、案の定“春雨”を忘れていた。 それにしてもちょっと入れすぎたかも。 もっとシンプルにして、スープをメインにした方が 本来の美味しさがより際立つはず。 おすすめはニラと春雨。 豆腐と油揚げだけなんてのもいい。
読む

『キウイγは時計仕掛け』

久しぶりのノベルズ。久しぶりのGシリーズ。久しぶりの森博嗣。 9年以上前から始まったこのGシリーズもいよいよ9作目。 …というとなにやら待ちに待っていたみたいだか、そうでもない。 なぜかいつからか森博嗣からちょっと距離を置くようになっていた(なんでだろ)。 たまたま時間つぶしにとびこんだ書店で、 たまたま新刊棚に並んでいたのがこの『キウイγは時計仕掛け』だった。 いつもなら併読してる本が何冊か手元にあるはずが、この日は珍しく手ぶらで、 時間があるなら久しぶりに…と買ってみたというわけ。(なんの言い訳?) 作品をたぐってみると、前々作『ηなのに夢のよう』までは読んでいた。 つまり、前作『ジグβは神ですか』を読んでなかっただけらしい。 こういうとき、シリーズと銘打ってるわりに 順を追って読まなくてもとくに支障のないのが森作品のいいところ。 今回はGシリーズにしては珍しく生身で犀川先生が登場している。 国枝先生も相変わらず。西之園萌絵が准教授になっていたのには驚いたが、 まあ順当な成長の仕方かも。院生だった山吹皐月も助教になっているし、 依然として猿回し役の加部谷恵美も就職していた。 このあたりの時間の進み具合は、 同じように現実世界で時間が空いた読者にとって妙にシンクロしていて、 かえってスムーズにGシリーズの世界に入り込めたような気がする。 ただ、名前だけが飛び交いまくる真賀田四季博士(登場はしない)。 こればっかりは、この人の登場作品を一冊は読まないと、 ちょっと置いていかれる感覚を味わうかもしれない。 彼女とつながりの深い島田文子女史も登場するから、 S&Mシリーズにして処女作『すべてがFになる』を先に読むと 物語は俄然厚みを増すだろう。それに…かつてのヒロイン、 西之園萌絵の精神的な成長も随分感じられるに違いない。 ただ、話の内容はGシリーズの中でもかなり蛋白だと感じた。 大学で起きた殺人事件に巻き込まれる登場人物たち。 結末は概ね想像していたとおりだった。 そもそもGシリーズそのものが、他のS&MシリーズやVシリーズに比べ、 ミステリのテイストが薄いことは分かっていたはずなんだけれど。 個人的には四季シリーズのような(なかでも秋)、 ハラハラドキドキするものをもう一度読んでみたい。 (Xシリーズにいたっては記憶に残っていない) とにもかくにも、懐かしい名前とちょっとした伏線が、 残すところあと3作となったGシリーズ(著者宣言済)で どんな展開を見せるのか、それはそれで楽しみになってきた。 (といっても2014年はXシリーズに戻るらしいから再来年以降だけど) それまでに、『ジグβは神ですか』をひとまず読んでおくとしよう。
参る

伊勢神宮(内宮/式年遷宮)

う、動いてないっ!! 動いてないのに、後ろから続々人はやってくる。 なんだ、これはっ! こんな神聖な場所で、この人だかりはっ! 驚くなかれ、これが遷宮後まもなくの伊勢神宮(内宮)の様子である。 近所の秋祭りでも、ここまでにはならない。 いや、なったとしても動かないなんてことはない。 なぜ動かないのか。 はるか遠いところから伊勢神宮を目指してやってきたのだ。 軽く手を合わして「はいさよなら」なんてとんでもない。 …とまぁ、たぶんそんなところ。 伊勢神宮の内宮に祀られているのは、 もちろん日の本の太陽神・天照大御神。 皇室の御祖神であり、私たちの総氏神様であらせられる。 今年はここ伊勢神宮が20年ごとに神殿を お建て替えする「式年遷宮」の年にあたり、 去る2013年10月2日にとり行われたばかり。 その影響がこのちょっと異常な状態を招いているのは間違いない。 (もしかしたら江戸時代のブームもこんな感じか) とりわけ今回は60年に一度行われる出雲大社の大遷宮(5月)と重なって、 マスコミにバンバン取り上げられたせいもあるだろう。 はては、数年前から続くスピリチュアルブームの影響も否めない。 それでも、それでもである。 まさかこんなことになるなんて、誰が想像しただろうか。 それにもましてさらに驚いたのは、一向に清浄さが失われていないこと。 こんなにも人が大勢いたら、よほど清められた神社の境内であっても、 人々の発するイライラでかなり乱れた気が充満するはずだが、 そんな膨大な負の感情を制してしまうのは流石という他ない。 結局、この動かない渋滞に加わる勇気が持てず、 その場で二礼二拍手一礼をして本殿を後にした。 道中、頭をかすめた親しい人たちのお守りでも…と思ったが、 社務所もまるで十日戎状態で、今回は御朱印だけいたたくことに。 境内を出る直前、池の縁にちょっとした人だかりができていた。 覗き見るとそれは見事な錦鯉たちが気持ちよさげに泳いでいる。 そんななか、ふとひときわ大きい金色の鯉が目の前をよぎる。 なんだか金運がアップしそうな気がして 悠然と泳ぐその姿をしばらくじっと見ていた。
食う

カツうどん

手料理のアップが続いたので、今回はちょっとめずらしい「うどん」をご紹介。 そこは、会社の近くにあるたま~にランチに行くお店「JUN大谷製麺処」。 うどん屋さんとは思えないちょっとおしゃれな店内はけっして広くなく、 大抵ランチどきは出入口のところで順番待ちの列が形成される。 ゆえに、めったなことでは食べに行くことはない(並びたくない派)。 それでもたまに食べたくなるのは、この店にしかない変わり種うどんのせい。 いくつかあるなかでとりわけ異彩を放っているのが、 釜玉うどんの上にでーんとトンカツをのせるメニュー「カツうどん」。 カツカレーをうどんにかけたようなものなら、どこかでありそうなメニューだが、 まるで天ぷらのようにトンカツをのせるとは。 ちょっと細めの麺はしっかりコシもあり、 トロトロの玉子と絡まった釜玉はそのままでももちろんうまい。 その麺とカラっと揚がったトンカツは意外なほど相性が良く、 モチモチした麺の弾力と衣のサクサク感が口の中で踊りだす。 「トロトロ」「モチモチ」「サクサク」。 そう、この異なる3つの食感が喧嘩することなく、仲良くマイムマイムを踊る、 そんな一体感がこのうどんの美味さの秘訣かもしれない。 ちなみにこの店にはほかに、カルボナーラ風なうどん「かまたまーラ」とか 豚骨担々麺風なうどん「白坦々饂飩」といった変わり種うどんもあって、 常連さんからの人気も高い。 ランチどき、浪速区元町にお越しの際はぜひ♪
参る

大神神社(醸造安全祈願祭)

日本最古の神社(の一つ)と称される、奈良は桜井に座す大神(おおみわ)神社。 本殿は置かず、拝殿からご神体の三輪山(大物主神)を遙拝する。 私的に大変好きな神社の一つだが、すべてを語り始めると止まらなくなりそうなので ひとまずここは例年11月14日に行われる「醸造安全祈願祭」、 通称“酒まつり”についてのみ記すことにする。 全国に散らばる筋金入りの飲兵衛なら知っている同社の“酒まつり”。 平日でも会社を休んで参詣するという強者は意外と少なくない。 なぜならこの日は、「酒の神様」「醸造の祖神」と仰がれるご神徳を称え、 醸造元より奉納された四斗樽が参拝者に振る舞われるからである。 その日は朝から樽酒の香りがぶわっと広がり、 境内はいつにも増して和やかな雰囲気に包まれる。 ちなみにこの振る舞い酒。数年前までは樽酒のみにあらず、 全国の醸造元から奉納されたお酒がすべて振る舞われていた(現在は展示のみ)。 そんな飲兵衛の夢のようなお祭りが縮小されたのは、 ある年、どこぞの飲兵衛が無茶飲みの果てにクダをまいたり、倒れこんだり、 はては粗相をしたりと、そりゃまあえらいことをしたからという説が。。。 (実はその光景を目撃している一人) それでも、三輪山の神様から頂戴した上等な樽酒が振る舞われるとあって、 毎年大勢の人が平日にもかかわらず全国各地から参詣にやってくる。 もちろん、ボクは平日に行ける身分ではないので、 この日が休日になった年(極希)にしか行ったことないけれど。 (本年の写真はとある強者の撮影による※一部) さて、奈良の枕詞が“青丹よし(あをによし)”というのは 某小説やドラマで一時有名になったが、三輪の枕詞は“味酒(うまさけ)”。 「味酒」を「みわ」と言ったことから三輪(みわ)を導く枕詞になったという。 古来より続く日本酒の聖地は、約1300年過ぎた今もなお飲兵衛たちに愛されている。
読む

『サクリファイス』

300ページにも満たない文庫本。 オススメされて貸してもらったはいいが、 これがどうにもこうにも読み進まない。 いや、けっして面白くないからではない。 持ち歩いているカバンの中から一時的に 行方知れずになるような不幸が重なっただけ。 正直申し上げると、遅読の最大の要因は、 サイクルロードレースという舞台に馴染みがなく、 なかなか頭の中でうまくイメージできなかったこと。 なので、ついつい併読している本に逃げてしまう。 吾輩にもう少しモーターサイクルへの興味があれば…。 (その手の雑誌社に勤めていたこともあったのに) ただ、中盤までくると、こんな吾輩にもようやく サイクルロードレースというものが理解できるようになる。 そこからは堰を切ったように読み進み、 ミステリに不可欠な謎の解明に行き当たる。 “サクリファイス”とは“犠牲”。 最後の謎が解明されたとき、 そのタイトルに隠された真の意味が明らかとなる。 そして、(日本に限って)マイナなサイクルロードレースを ストーリー仕立てでうまく紹介する小説ではなく 紛うことなきミステリ小説であることを思い知ることに…。 ちなみに、作中に大阪と奈良の境にある “暗峠”(くらがりとうげ)が登場する。 なかなかディープな地元フレーズに それまで興味のなかったロードレースが 一気に近く感じられたのにも驚いた。
食う

土手焼き(赤味噌仕立て)

キムチ目当てで鶴橋の商店街を闊歩するとき、 たま〜に新鮮な牛すじと遭遇することがある。 もちろん、そんなチャンスを逃してなるものか…ひと袋(1kg)所望し、 あれもこれもと作りたい(食べたい)料理に思いを馳せる。 そのなかで、とくによく作るのがコレ。 串カツと双璧をなす、浪速の名物“土手焼き”。 ただし赤味噌仕立て。 居酒屋や小料理屋に行くと醤油仕立てや白味噌仕立てが多く、 意外に赤味噌仕立ては少ない。 たぶん、名古屋あたりなら多いんだろうけど。 まず、切ったりせずにスジ肉をまるごと下茹で。 もちろん臭みをとるのと、多すぎる脂をそぎ落とすのが目的。 (新鮮だと臭みなんてないけどね) とくに脂身の多いスジ肉だったりすると、2回ぐらい下茹でしてもいい。 茹で終わったら、一口大に切っていく。 その間に、一緒に煮込むコンニャクを手でちぎり、こちらも下茹で。 同じく臭みとりとあく抜き。 一通り下ごしらえが終わったら、両方を鍋に入れ、 水とだし汁をヒタヒタになるぐらいまで入れ、煮込んでいく。 調味は酒と砂糖と赤味噌。さらに、少しだけ普通の味噌を入れるのがポイント。 これでなんとなく赤味噌の尖った感じがまろやかに。 あとは焦げないようにグツグツ煮込めばOK。 経験上、大量に作るほうがうまく仕上がる…と思う。 れまでいろんな人に食べさせてきたけれど、 こればっかりは「うまいっ!」と言われてきた自慢の18番。 食の細い友人が、炊きたてご飯にぶっかけて丼にして ガツガツ食ったときはちょっと感動したなぁ。 やめられないとまらない、酒のアテにもピッタリな一品なり。
参る

石切劔箭神社

大阪と奈良の県境に横たわる生駒山。 その大阪側の麓に石切劔箭(つるぎや)神社がある。 その名のとおり、どんな強固な岩でも切れ、 刺し貫くことのできる剣と箭(矢)を御神体とする。 御祭神は、天照大神(アマテラスオオミカミ)の御孫にあたる 瓊々杵尊(ニニギノミコト)の御兄であり、 祭祀を司った古代の豪族・物部氏の祖神とされる 饒速日命(ニギハヤヒノミコト)とその御子・可美真手命(ウマシマデノミコト)。 そんな難しいことは知らなくても、同社は古くから「石切さん」の愛称で親しまれ、 「デンボ(腫れ物)の神さん」として病気平癒のご利益を授かりに、 全国各地から参拝者の途絶える日がない。 それが証拠に、いつも本殿前の境内では大勢の人がお百度参りをしている。 そもそもは人に見られないようにする…といった決まり事があったりするので 他の多くの神社でそんな光景に出くわすことはあまりない。 すべては、ここでお百度を踏むと病が治るという一心のみ。 神前にて望みを託し、粛々と鳥居と本殿の往復を繰り返すその姿は、 残された最後の人事を尽くそうとする正しい人の道のようであり、 それはまた、自らと同じように他を慈しむ心の現れのようにも見える。 そんな人々の光景をずっと見守ってきたのが、 本殿横にそびえる巨大なクスノキである。 樹齢は推定約470年とされ、高さは約15メートル。 5メートルは超す太い幹にはしめ縄がまかれ、 御神木として祀られている。 ときに日陰をつくり、ときに雨露を受け、 お百度を踏む者につかの間の安らぎの場を与えてきた巨木。 その幹の下にいると、不思議となんだか心地いい。
タイトルとURLをコピーしました