ミステリを愛して病まない友人が再読したという知らせを聞いて、ならばと手にとった一冊。
父の友人に招かれて六甲山の別荘で過ごした夏休みの出来事を、
当時つけていた自身の日記を元に振り返る「私」(当時:中学生)の視点と、
その父の友人が若かりし頃、勤務先の社長のヨーロッパ視察旅行に随行したときの出来事を語る「私」の視点、
さらに、その勤務先である宝急電鉄の車掌を勤めるとある「私」の視点の
主にこの3つの視点からなるストーリーを巧みに組み合わせて展開するミステリ小説。
読み始めて間もなくミスリード(読者を誤った方向へ導こうとすること)を誘う表現に出くわすことになり、
しばらくすると同書がいわゆる叙述トリックを狙ったミステリであることは明白になる。
なぜなら、それがいたるところに、しかも(あえて)露骨に提示されていて、
なんだかとてもいやらしい(いい意味で)。
いや、そんなことを気にすることなく素直に読み進めていれば、
幼い頃に出会った二人の少年と一人の少女を巡る青春小説のようでもあり、
年齢のわりにいささか理屈っぽい彼らの言動にさえ目を瞑れば、
いわゆる上質な文学作品として楽しめるほどクオリティはとても高い。
だが、張り巡らされた罠がたくさんありすぎるのも事実で、
純粋に話を楽しむことがページをめくるたびに難しくなっていく。
もしかしたらそれは穿った読み方をしてしまっているからかも知れないが、
逆にこれだけ多くのミスリードに気がつかない人間だったら、
かえって最後のトリックの種明かしにもピンと来ないまま、
夏休みを題材にした物語として楽しんで終わる可能性も低くはない。
ともあれ、緻密に計算された筋書きはとても秀逸。
そう多くない文量もさることながら、間を置かずに一気に読めてしまえるのは、
同書にそれだけ高い構成力と求心力が備わっている証ともいえ、
おそらく何度も繰り返し読みたくなるのもそのせいだろう。
小生も実際に一度読み終えてすぐ、検証をかねて再読している。
(実は再読時の方が同書のすごさをより実感できる)
叙述トリックの入門書としてはあまり適切ではないかもしれないが、
きちんと作りこまれた指南書としてぜひオススメしたい。
ちなみに、このミスリード(レッドヘリング)がとてもうまかったのが、
ミステリの女王アガサ・クリスティである。
とても自然にさりげなく、けっこう大胆にやってのけるのが彼女の得意技だった。
こちらも機会があればいずれ紹介したい。