ともかく面白い。
もともと歴史が好きな小生にとって、村上海賊はもとより
戦国時代の登場人物の名を聞くと、それだけで心が踊る。
さらに物語の背景となる木津川口の戦いは
生まれ育ち今なお暮らすこの大阪(大坂)の
しかも慣れ親しんだ和泉や河内がメインなのだから。
さりとて、歴史に疎い人であっても大丈夫。
冒頭から数十ページは多少戸惑うところがあるかもしれないが、
ページをめくるたびにどんどんと物語の世界に引き込まれてしまう。
それはおそらく、時代小説特有の小難しい名前が並んでいても、
それぞれがきちんと個性をもったキャラクターとして描かれ、
けっして物語の背景に埋もれることはないからだ。
なかでも主人公・村上景は破天荒にしてとても魅力的に描かれており、
狭い行間を跳ねまわるかのような躍動感あふれる生き生きとした様は、
知らぬ間に読み手のリズムに心地よい緩急をつけて目が離せなくなるほど。
思わず声を出して笑ったのは一度や二度に足らず、
著者・和田竜のキャラクターの立たせ方は見事というほかない。
ただ1点、直前の筋書きに関連する書籍の出典やその解説が随所に登場し、
せっかく気分よく乗っていたそのリズムを断ち切ってしまうことも。
リアルを忘れて物語の世界にのめり込んでいる読者は、
わずか数行のために突然現実的な視点に立ち戻ることになり、
ちょっとした興ざめに陥ることも少なくないだろう。
できれば文中ではなく、各ページの最下段に余白を設け、
そこで文献等による歴史的な考察を行ってもらえていれば、
かえって楽しみ方が増えて良かったのではないだろうか。
とりもあえずこの上巻は、和田流仕込みに肉付けされた
登場人物たちのお披露目といっていい。
それはまるで、壮大な戦が描かれる下巻という盤面へ
彼ら一人ひとりを配していくような作業ともいえる。
得てして魅力あふれる一局は、駒を並べるところから愉しいものなのである。
(続きは下巻にて)