どうしてここまで作風を変えられるものなのか。
その幅の広さは宮部みゆきを彷彿とさせる。
著書のすべてに一貫して存在するのは、なりふりかまわない人間の「本音」。
この「本音」を材料に、いろんな料理を作るのが百田尚樹なのだろう。
今回はそんな幅広いレシピのなかでもかなりな創作料理、
ブラックユーモアに満ちた全18編からなる短篇集『幸福な生活』をご紹介。
創作料理とした理由の一つは、全編をとおして定められた約束事のせい。
各編の最後の1行は必ずページをめくって現れるという構成になっており、
その1行がまるでジグソーパズルの最後の1ピースのように、
それまでのストーリーのすべて補完し、予想外な結末へと収束させる。
つまり、読み手に巧みな表現で誤った先入観を植え付け、
最後の一言で誤認していた事実を伝えて“どんでん返し”を狙う、
ミステリ小説でいうところの“叙述トリック”が仕掛けられている。
18編すべての話にそういった仕掛けを施すなんて
よほどストーリーテリングに自信がないとできることではない。
まあ、ミステリ好きが高じてひねくれた読み方が身についた小生は
それでもそうそうミスリードされることはなかったのだけれど。
とりわけ秀逸だったのは、小泉八雲の『雪女』を下敷きにした『償い』。
星新一のショートショートを偲ばせる表現力と話の運び方が絶妙だった。
なかには、読み進めていく過程で最後の真相に気づいてしまったり、
あまりのミスリードの多さに食傷気味になりそうなものもあったが、
総じて、小気味いい百田尚樹の筆致が最後には上質なものへ昇華してしまう。
それは、全話に共通するブラックユーモアならではの後味の悪さも含めて。
読書が苦手で、最後まで読みきったことのない人にぜひオススメしたい
「物語」の魅力をいい意味でミスリードする教材のような一冊。