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『まほろ駅前狂騒曲』

ある日、書店の新刊コーナーに並んでいる装丁をいつものようにちらちらと物色していると、どーんと目に入ってきた『まほろ駅前狂騒曲』。 吸い殻入れのような空き缶の上に二本のタバコが歪なカタチで直立した写真のインパクトに惹かれ、思わず手に取ったのがついこの間のよう。 著者は三浦しをん。 2012年本屋大賞受賞作品『舟を編む』で脚光を浴びた今をときめく人気女流作家である。 この『まほろ駅前狂騒曲』は、すでに中短編で構成された『まほろ駅前多田便利軒』とその続編『まほろ駅前番外地』に続くシリーズの3作目にあたる。 そんなことは一切知らず、読み始めて気づいたわけだが、それでも違和感なく物語の世界へのめり込むことができた。 まほろ市という架空の街を舞台に主人公である便利屋の多田とその幼なじみで居候の行天が依頼を介して様々な事件に巻き込まれる。 それだけをいえば、ほかにもよくありがちな設定だが、綿密に考えられた二人のバックグランドと微妙な関係性、そして彼らと関わる登場人物たちの豊かな人間性が物語全体にリアリティーと厚みを与えている。 また、カルトや薬物、高齢化など重くなりがちな題材を扱いながらも三浦しをんならではのやわらかい筆致がほどよい緩衝材として働き、陰鬱なものに偏らないバランスのとれた展開が読んでいて心地いい。 ちなみに同作は今月中旬、映画化された劇場版が公開される。 それ以前にも前シリーズがすでに映画とTVドラマで映像化されており、いずれも主人公・多田を瑛太、行天を松田龍平が演じている。 経験上、素晴らしい原作ほど映像化で裏切られるという傾向にあるが、前出の『舟を編む』同様、レアなケースであってほしいと願うばかり。
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アンチョビポテト

あれはたしか2年前ほど前。高校時代からの友人に誘われていったお店のポテトサラダが未だに忘れられない。 これまで食べたポテトサラダの中でダントツ1位なのはもちろん、ワインのつまみ部門でも5位以内には入れておきたくなるほどのうまさ。 「死ぬほど…」という表現は不吉で陳腐だから公私に限らず断じて使うまいと思っていたのだが、このポテトサラダだけはあえて言わせてほしい。 「死ぬほどうまい」 ゴロゴロ感を残したマッシュポテトの上に振りかけられたアンチョビのガーリックオイル。 アンチョビの塩辛さがポテトの甘さを引き立てオイルのコクが口の中でブワッと広がるとガーリックの香ばしさがスーッと鼻を抜ける。 もはや、ワインを手放さずにはいられない。 お店の屋号は「大衆食堂 瓦町ブラン」。 その名のとおり大阪市中央区瓦町4丁目にある小さな食堂。 豊富で美味しいメニューの数々が評判で遠方より訪れる人も少なくないという。 座席数はわずか18席。 そのため予約は受け付けておらず、開店の18時までに並ぶしかない。 そんなことも知らず、約束した旧友との待ち合わせに遅れ、店の前でイライラさせてしまってことをこの場を借りて改めて詫びておこう。 「あとから1人来ますから」なんてことでは店の中に入れてもらえないのだ。 しかも月~金の平日のみの営業だから、18時が定刻のサラリーマンにとって開店前に並んでおくことはほぼ不可能。 飲食店を経営する舌の肥えた旧友の配慮で、図らずもアンチョビポテトに出会えたことに今さらながら感謝したい。 ちなみに、あまりに美味しかったから数日後に再現してみたのがこちら↓。 オイルも足りなければ、ポテトも食感も遠く及ばない。 でもでも、そこそこ美味しかったのがせめてもの救い。 この精度をもっとあげるべく、なんとか再訪したいと思っているんだが…。 毎週火曜日はオッサン・デーだという。 そういえば今日は火曜日。なんとかなる?ならない? ※オッサン同伴の女子のみ入店OK(オッサンひとりに女子ひとりマデ) 大衆食堂 瓦町ブラン <問合>06-6232-1181 <時間>18:00~23:30 (フードL.O.22:30) 夜10時以降入店可 <定休>土曜日・日曜日・祝日 <住所>大阪府大阪市中央区瓦町4-5-6 <交通>大阪市営地下鉄御堂筋線本町駅2番出口 徒歩4分 大阪市営地下鉄御堂筋線淀屋橋駅13番出口 徒歩7分 大阪市営地下鉄四ツ橋線肥後橋駅6番出口 徒歩8分
2014.10.10
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宝厳寺(竹生島)

年に一度参詣することにしている「竹生島」。 かれこれ4年目になる今年は、3年に及ぶ40代の大厄を無事乗り切ることができた厄抜けの感謝と巡礼の旅。 それもあってか少しばかりノリノリでカメラ片手に朝早く家を出てみたものの、最寄り駅に着くなりポツポツと雨が降り始めた。 例外なく雨男の能力を発揮する己に呆れ、雨具を持参してこなかった己の迂闊さに凹みつつ、これも琵琶湖に宿る竜王の禊ぎの雨だと言い聞かせ、いきなりくじかれた旅の出鼻を慌てて整える。 しかし、約2時間後に降り立った近江今津駅でも雨はまだやむ気配もなく、逆に激しさを増していた。 これはまずい…と最寄りのコンビニへ駆け込み、ビニール傘を買って、いつものフェリー乗り場へ。 乗り場には意外に大勢の人が列をなしていた。 いつもなら見かけることのない若いカップルや家族連れも多い。 都久夫須麻神社や八大竜王拝所の数年にわたる改修工事が今年の春にようやく終わったことと、竹生島を舞台にした映画『偉大なる、しゅららぼん』が公開されたことが多少影響してのことかも知れない。 9時40分、やってきたフェリーに乗り込んで出発。 ここから約20分の船旅になる。 その最中、ちょうど竹生島が見えてきたあたりでにわかに空が明るくなり、突然、雨がやんだ。 あまりにも出来過ぎた自然の演出に「禊が終わったんだ」なんて勝手な解釈でひとり得心してみたり。 そんなこんなで1年ぶりの竹生島(入島料400円)。 いつもどおり長くて急な石段を登って宝厳寺へ。 (先に都久夫須麻神社や八大竜王拝所へ行くなら長い石段は登らなくてもいい) 木々の緑の中に朱い色が映える本堂は、別名・弁財天堂とも呼ばれ、ご本尊の弁財天がお祀りされている。 実は、宮島の大願寺、江ノ島の江島神社に並ぶ日本三大弁財天の一つと称されている同寺。 (※天川村の天河大弁財天社が含まれたりすることも) 聖武天皇の夢枕に立った天照大御神のお告げをきっかけに創建され、戦国期の浅井家や豊臣家との関わりも深い。 本堂は拝所(後陣)の両脇にそれぞれ前立本尊が配され、正面の内陣中央のお厨子の中に秘仏のご本尊が安置されている。 ご開帳は60年に一度で、次回はまだまだ先の2037年。 宝厳寺の公式サイトに用意されている「バーチャル拝観」では、一般公開されていない内陣の様子をうかがうことができる。 拝所の中でもとりわけ目を引くのが、無数に並ぶ赤い小さなダルマ。 琵琶を持ちながら微笑む弁天様の表情が愛らしく、参拝者は願い事を書いた紙をその中に収め、奉納する。 丸1年もの間、ここで祈願してくれるという。 一方、撮影の許可をいただいた拝所の前立本尊。 しなやかに伸びる八臂の腕のそれぞれに武器や宝具を持ち頭上に構えた鳥居の中に翁の顔をした人頭蛇身の宇賀神を配するお姿は、ヒンドゥー教シャークタ派系のサラスヴァティーにうかがえる軍神的な要素と日本の神仏習合による龍神・蛇神の背景を見事に併せ持った、いわゆる七福神の弁天様とは異なる容貌がとても神々しい。 本堂を出て、しばらく進むと見えるのが平成12年に復元された三重塔。 江戸時代に焼失して以来、約350年ぶりの姿はまだ新しく、青空とのコントラストがとても美しい。 隣接する宝物殿では、同寺に関わりのある国宝や文化財が多数収蔵されており、湖国ならではの貴重な宝物を拝観することができる(大人500円)。 その先へ歩みを進めると現れるのが「唐門」。 京都東山の豊国廟にあった「極楽門」を移築したもので、豊臣秀吉の建てた大坂城唯一の遺構ともいわれている。 唐門をくぐると千手観世音菩薩をご本尊とする西国三十三所の第三十番の札所・観音堂へ(撮影不可)。 その観音堂と先の都久夫須麻神社をつなぐ渡り廊下が、太閤秀吉のご座船(日本丸)の船櫓を利用した舟廊下となる。 これら「唐門」「観音堂」「舟廊下」は昨年の9月より屋根の吹き替え、漆の塗り替え、彩色復元の工事が行われており、すべての修復を終えるのは平成30年の予定。 ※舟廊下の通行は可能 さて、宝巌寺の境内はひとまずここまで。 今春、修理を終えたばかりの都久夫須麻神社はまた来年の「まいる」でご紹介するとして、この日、八大竜王拝所で行った「かわらけ投げ」は昨年に続き二皿とも鳥居の中を無事通過。 その手慣れたスローイングもいずれ動画で。
2015.06.22
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『村上海賊の娘 下巻』

さてさて、下巻である。 凹みまくった村上の姫が瀬戸内へ帰ってきて 父・武吉の思い通りに慎ましく豹変したはずが、 やはりそこは海賊王の娘。 自ら化けの皮を剥がすのもまた早い。 姫の復活からそれほど間をおくこともなく、 海賊同士のプライドをかけた木津川口の合戦へ。 斬り斬られ、騙し騙され、落とし落とされ。 海上で繰り広げられる命のやりとり。 数日前に知己を得た者同士であっても、 敵となったからには「覚悟せい」と 容赦なく刃物が振り下ろされる。 そんな敵味方入り乱れた戦場の様子を ワクワクしながら目で追っていると、 ふと頭をよぎったのがチャンバラである。 そのとき気づいた。 これは「歴史小説」ではなく「時代活劇」なのだと。 「大河ドラマ」ではなく「水戸黄門」や「桃太郎侍」なのだ。 さしずめ村上吉継・村上吉充は助さん格さん、 八兵衛は村上景親、風車の夜七は鈴木孫一といったところ。 上巻と違わず、無粋に挿し込まれる古書の出典や解説は、 もしかしたら少々荒唐無稽なこの時代活劇に 少しでも現実味を付与したいがためなのではないか。 そう考えると、終盤に見せる景姫の驚異的な戦闘力も 人外のような七五三兵衛のラスボス加減も素直に頷ける。 下巻のほとんどを占める果てしない戦闘シーンは、 さながら印籠を出すまえのお仕置きのようなもの。 素直に読み進めれば、それはとても長い見せ場の連続。 ぜひとも映画化してもらいたい(はるかちゃんで)。
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バンバンジー風そうめん

暑い。。。梅雨も明け、本格的な夏の到来。 暑さにバテて、どうも食欲がわかない… そんなとき便利なのが「そうめん」。 ただ、これも続くと飽きちゃうのが世の習い。 そこで自ずといろんな「そうめん」の食べ方を考えてみたりする。 今回は、そのなかの一品「バンバンジー風そうめん」をご紹介。 まずは事前の下ごしらえ。 バンバンジー風というからには、もちろん必要になるのは鶏肉。 安いときに買って冷凍していた鶏もも肉を解凍し、 表面の水気をキッチンペーパーで拭き取る。 これは買ってすぐ使う場合でも同じで、 必ず鶏肉は表面をきれいに拭き取るように。 そうすることで特有の臭みのほとんどをカットできる。 あとは皮面と反対側の表面を手でさわり、 固いスジのようなものがあれば包丁でキリトリ、 塩コショウを表と裏、まんべんなくふりかける。 この状態で約10分程度放置。 10分後、耐熱容器にもも肉を移す。 そのとき、皮面を下にして並べる。 あとは、スライスしたニンニクとショウガを上にのせ、 日本酒を大さじ2ほどふりかけ、ラップをしてレンジで約12分加熱。 これで「鶏もも肉の酒蒸し」の完成! 完成した「鶏もも肉の酒蒸し」は密閉容器に入れれば、 冷蔵庫でおよそ5日間は保存可能。 オムライスやチャーハンなどの具材にも使えてけっこう便利。 ここではひとまずバンバンジー風にするため、 酒蒸ししたもも肉を1枚取り出し、1cm幅ぐらいにスライスする。 ついでに薬味のミョウガも細く刻んでおく。 予め茹でておいてそうめんを皿に盛り、 その上へスライスしたもも肉を並べる。 そこにごまソースを回しかけ、 刻んだミョウガを添えれば出来上がり! 濃厚だけどさっぱりしていて、 風味豊かなバンバンジー風そうめん。 鶏もも肉の酒蒸しを事前に作っていれば、 そうめんを茹でて、スライスするだけの簡単メニュー。 食べやすいのと、鶏もも肉の良質なタンパク質が バテ気味な胃腸を回復してくれること間違いなし! <ごまソースの作り方> ・練りごま(白) 大2 ・砂糖 大2 ・醤油 大2 ・酒 大1 ・酢 大1 ・すりごま (白)
2015.08.01
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淡嶋神社

大阪・難波から電車または車で、いずれもおよそ約2時間。 大阪湾の弧に沿うように南下すれば辿り着く和歌山の漁港・加太(かだ)。 ひと昔前までは、春の終わりから夏の始めにあたるこの時期なら 大勢の親子連れが潮干狩りに興じる姿で賑わいを見せていた同所だが、 それも海中の環境悪化により7年前から中止されて以来その面影は微塵もなくなった。 まさに“ひなびた”という形容が、良い意味でも悪い意味でもしっくりハマる のどかでどことなくうら寂しい海辺の風景が広がる漁港。 そんな港を見守るようにどっしり腰をおろしているのが、 全国にある淡島(嶋)神社・粟島神社・淡路神社の総本社とされる淡嶋神社である。 意外なことに海に面していない大きな一の鳥居をくぐり、 ほど近い二の鳥居をぬけると、右手に見事な朱塗りの社殿が姿を現す。 壮麗な姿に見とれるのもつかの間、社殿の周囲になにやらたくさん配置されている。 近づいてよく見てみると…。 それはそれはおびただしい人形の数々! 境内一帯には奉納された無数の人形たちが安置されている。 その多くは日本人形だが、ほかにも熊の置物や招き猫、 たぬきや干支の置物、ぬいぐるみから得体の知れない仮面まで、その種類は多種多様。 実はここ淡嶋神社は、ひな祭りの発祥の地とされており ひな人形の男びな女びなの始まりは、同社のご祭神である 少彦名命(すくなひこなのみこと)と神功皇后(じんぐうこうごう)の 男女一対のご神像がモデルといわれている。 一説では、ひな祭りという名もスクナヒコナ祭りが簡略化されたものだという。 さらに、沿岸の友ヶ島から加太へと遷宮された日が仁徳天皇5年3月3日であることから、 毎年3月3日は願い事を書いた人形を舟にのせて海へ流すという「雛流しの神事」が行われている。 そんなわけで、次第に同社は人形供養の神社として全国から人形が集まってくるように。 中には「髪が伸びる人形」など霊的な力を秘めているとされる人形もあり、 そういった謂れがある人形は地下に祀られているという(現在は非公開)。 当日はその話を事前に知り得た同行者の一人も人形や置物を持参しており、 焼却委託料と供養料(志し)とともに奉納した。 ちなみに受付は仏滅の日を除く、午前9時から午後4時まで。 ミカン箱一杯程度の量につき焼却委託料は500円。 郵送や宅配では受け付けてもらえない。 大神神社のヘビ、住吉大社のウサギ、春日大社のシカといったように こちらも多くのお社と違わず、手水舎は御使様をモチーフにしている。 それがこの口から水を出しているカエル。 このカエルは古事記に登場する多運具久(タニグク)という名の神様で 同社御祭神の一柱、少彦名命の御使様といわれている。 大国主命の国づくりを手伝った神様として有名な少彦名命は、 とても小さく一寸法師のルーツになったともいわれている。 機敏で知慧に優れ医薬・醸造などを司り、 さらには日本に裁縫の道を初めて教えたとされるため、 同社では毎年2月8日に針祭が行われる。 俗に針供養といわれ、境内には本殿でお祓いされた 古針を納める針塚が備えられている。 境内は本殿の横手に広がっていて、さらに奥へ進むと いくつもの摂末社にお参りすることができる。 御祭神の一柱、大国主命をお祀りする大国主社。 先出の御使神、多運具久様を祀る遷使殿。 淡嶋神社の近くで生まれ、紀州みかんや塩鮭で富を築いた 紀伊国屋文左衛門が江戸に移り住む前に奉納した稲荷社。 そして…。 なかでも有名なのが、婦人病にご利益がある伝わる末社。 この中に祀られているのは男根女陰をかたどったものがたくさん。 古くから子授けや安産はもとより、女性の下半身の病を治癒するといわれ 腰巻きにはじまり、パンツやブラジャーなど女性の下着を袋に包んで 絵馬と同じように奉納する風習が今でも残っている。 実は淡嶋神社の境内(一の鳥居と二の鳥居の間)には 土産物や食事を提供する店が4軒存在する。 その中の1軒で食べられる「しらす丼」の大盛りは、磯遊びに来た家族連れや ツーリングで立ち寄ったドライバーたちから密かな人気を得ている。 丼鉢いっぱいに盛られたしらすの量はハンパなく、 新鮮なしらすを思い存分食べられるとあって、 もはや参拝よりもこちら目当てに訪れる者が少なくないほど。 そんな境内には、ほかにもまだ見どころがたくさん。 周辺には温泉もあり、意外なほどポテンシャルの高い和歌山・加太。 忙しない日常の喧騒から距離を置き、潮風に包まれながら のんびりと祈りの旅で心を癒してみるのも悪くない。 淡島神社 〒640-0103 和歌山県和歌山市加太118 南海加太駅から徒歩20分程 073-459-0043 境内自由(宝物殿は入館300円)
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『村上海賊の娘 上巻』

ともかく面白い。 もともと歴史が好きな小生にとって、村上海賊はもとより 戦国時代の登場人物の名を聞くと、それだけで心が踊る。 さらに物語の背景となる木津川口の戦いは 生まれ育ち今なお暮らすこの大阪(大坂)の しかも慣れ親しんだ和泉や河内がメインなのだから。 さりとて、歴史に疎い人であっても大丈夫。 冒頭から数十ページは多少戸惑うところがあるかもしれないが、 ページをめくるたびにどんどんと物語の世界に引き込まれてしまう。 それはおそらく、時代小説特有の小難しい名前が並んでいても、 それぞれがきちんと個性をもったキャラクターとして描かれ、 けっして物語の背景に埋もれることはないからだ。 なかでも主人公・村上景は破天荒にしてとても魅力的に描かれており、 狭い行間を跳ねまわるかのような躍動感あふれる生き生きとした様は、 知らぬ間に読み手のリズムに心地よい緩急をつけて目が離せなくなるほど。 思わず声を出して笑ったのは一度や二度に足らず、 著者・和田竜のキャラクターの立たせ方は見事というほかない。 ただ1点、直前の筋書きに関連する書籍の出典やその解説が随所に登場し、 せっかく気分よく乗っていたそのリズムを断ち切ってしまうことも。 リアルを忘れて物語の世界にのめり込んでいる読者は、 わずか数行のために突然現実的な視点に立ち戻ることになり、 ちょっとした興ざめに陥ることも少なくないだろう。 できれば文中ではなく、各ページの最下段に余白を設け、 そこで文献等による歴史的な考察を行ってもらえていれば、 かえって楽しみ方が増えて良かったのではないだろうか。 とりもあえずこの上巻は、和田流仕込みに肉付けされた 登場人物たちのお披露目といっていい。 それはまるで、壮大な戦が描かれる下巻という盤面へ 彼ら一人ひとりを配していくような作業ともいえる。 得てして魅力あふれる一局は、駒を並べるところから愉しいものなのである。 (続きは下巻にて)
2014.07.30
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玄ちゃんこ鍋

長い間、親の代より鮮魚店を営んでいた大将が、 大阪から奈良の中南和へいたる玄関口・香芝にて 鮮魚と鍋料理のお店をオープンするという。 目利きを活かした上質な魚介類を中心に 東関部屋由来のちゃんこ鍋やこだわりのてっちりを 多くの人に食べてもらいたいという思いと、 かねてより“うまいものなし”と揶揄される奈良に 実は美味しい食材がたくさんあることを もっと多くの人に知ってもらいたいという思い。 その二つの思いを目を輝かせながら話してくれた大将に 私の食い意地っ張りセンサーが見事に反応した。 「ここはうまい」 そんなわけで、オープンして少し間が空いた某日、 酒の飲めない同僚をドライバーに担ぎ出し、 センサーに導かれるまま店へと向かったアフター6。 真新しい店内にはちゃんこ鍋店よろしく関取の手形が飾られていて、 この「らしさ」が私の胃壁をまたいっそう刺激する。 大将への挨拶やお祝いもそこそこに(いいのか)、 早速注文したのは屋号の冠がついた「玄ちゃんこ鍋コース」(4,980円)。 突き出しの三種盛りを地酒でさくっと片付けたあと 続けて出てきたお造りに舌鼓を打つ。 さすが鮮魚店だっただけあって、どれも身がプリプリ。 ほどよく脂がのっていて、舌の上でとろけていく。 続く天ぷらは「ゲソ」か「ワカサギ」のどちらか一品。 けっきょくどっちもいただいたが、とにかく新鮮だからうまくないはずがない。 そんなこんなでついに鍋登場! 濃厚そうなスープへ大量の魚介を投入していく。 自家製つみれ、魚二種、海老、ホタテ、カニの爪、はまぐり、鶏肉、豚肉。 これらの旨味がスープへ溶けこんでいく。 さらに野菜を投入し、しばし待つこと十数分。 写真を撮ることも忘れてがっつく始末。m(__)m 魚介がうまいのは今更言うまでもないが、 鶏のつくねや焼き焦がした揚げ豆腐も超美味。 海と山の出汁がケンカすることなく、 互いの長所を相乗効果させて濃厚な旨味を引き出している。 スープは一口含んだだで口のなかいっぱいにコクが広がり、 それでいて後味を引きずらず、脂っぽく残ることもない。 シメには黄そばをチョイス(ほかに雑炊かうどんがある)。 巷で人気のラーメン店にも引けをとらない贅沢なシメの逸品。 我が食い意地っ張りセンサに間違いはないことを確信するに至る。 新鮮な魚介のサイドメニューも頼んでみたかったなぁ…と 生け簀に泳ぐトラフグとウマズラを眺めながら終宴。 あまりにもたらふく食べ過ぎて、 コースのデザートを食べ損じたのが 今になって悔やまれて仕方がない。 玄(げん) <問合>0745-77-1829 <時間>11:30~14:00、17:00~23:00(L.O.22:30) <定休>無休 <住所>奈良県香芝市今泉457-2 <交通>香芝インター降りてすぐ南に50m JR和歌山線「志都美駅」から徒歩約5分
2014.09.30
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住吉大社

そのご由緒は深く、古来より多くの人から篤い信仰を集めてきた大阪は浪速の住吉大社。 全国約2300社余の住吉神社の総本社であり、日本各地からの参詣はもちろん、摂津国の一宮として地元大阪の人々から「すみよっさん」と呼ばれ今もなお親しまれている。 大阪に唯一残る路面電車(チンチン電車)の阪堺電気軌道阪堺線「住吉鳥居前駅」を降りるとすぐに見える、堂々たる石の鳥居と巨大な石柱に刻まれた「住吉大社」の文字。 その圧倒的なスケールと風格は、さすが浪速を代表する聖地である。 大鳥居くぐると住吉大社の象徴ともえいる反り橋、別名「太鼓橋」の袂がわかるほどに見えてくる。 鳥居より手前からでもなんとなく見えてはいるが対岸が見えないほど反り返っているため、はじめて参った人はこれが橋の袂とはまず分からない。かつてはこの橋の近くまで波が打ち寄せていたという。 角鳥居を抜けると、眼前に広がる主祭神4柱のご本殿。 青空に向かってそそり立つ幾つもの千木が、遠目にも凛々しく美しい。 千木といえば、以前「猿田彦神社」で記した祭神が男神の宮は千木を外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)に、女神の宮は内削ぎ(水平に削る)にするという話。 例外も少なくないが、ここ住吉大社はまさにそのとおりで、二つならんだ第三本宮と第四本宮の千木の違いを比較しやすい。 その第四本宮に祀られているのは、息長足姫命 (おきながたらしひめのみこと)。 つまり、神功皇后 (じんぐうこうごう)であり、応神天皇(おうじんてんのう)のご聖母。 夫の仲哀天皇が香椎宮にて急死した後、住吉大神のご神託を得て、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り、朝鮮半島に出兵して新羅・高句麗・百済の国を攻め朝貢を約したという(三韓征伐)。 まさに日本神話における戦の女神。ギリシャ神話のアテナともいえる知慧と武勇の女神。 ゆえに必勝を授ける女神ともされるが、女性の守り手として懐妊や出産の守護神でもある。 第一本宮・第二本宮・第三本宮は住吉三神が祀られている。 伊邪那岐尊が黄泉国の汚穢を洗い清める禊を行ったときに生まれ出た三柱の神。 瀬の深いところで生まれた底筒男命(そこつつのおのみこと)。 瀬の流れの中間で生まれた中筒男命(なかつつのおのみこと)。 瀬の浅い水表で生まれた表筒男命(うわつつのおのみこと)。 住吉とはそもそもは「スミノエ」と呼び、澄んだ入江のことを意味する。 かつては波打ち際にあった同社だけに、住吉三神とはつまり海そのもの。 広大で深い海を司り、その上層と中層と下層を守護する三柱の神。 ゆえに三柱で海をなし、多くは住吉三神もしくは筒男三神といわれる。 また、海を司ることから航海の神とされ、古くから漁師や船乗りの信仰が篤い。 (※伊邪那岐尊の禊ぎ祓いの際、同様に海を司る綿津見三神も誕生している) 海に囲まれた我が国において、海神の立場はことさら重要な意味を持つ。 海原をまかされた素盞鳴尊しかり、龍宮の王・大綿津見神しかり。 強き神々は海を司り、海の彼方より迫る脅威から日本を守り続ける。 敵に囲まれ、八方ふさがりでどこにも進めなくなったときは住吉の宮へ。 きっと、住吉大神(神宮皇后含む)から妙策につながるインスピレーションを得られるはず。 「我見ても 久しくなりぬ 住吉の 岸の姫松 いく代へぬらむ」 一方でここ住吉大社は古くから白砂青松の風光明媚なロケーションだったっこともあり、万葉集や古今和歌集などの歌集に数多く歌が詠まれている。 また、ときに和歌で宣託を垂れるといわれ、和歌の神にして和歌三神の一柱という海神の意外な一面に、命がけで大海原に身を投じる荒々しい海の男たちのときおり垣間見せる哀愁が重なった。
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『スペードの3』

『桐島、部活やめるってよ』(集英社)、『何者』(新潮社)などで知られる朝井リョウ氏の最新刊。 相変わらず、登場人物たちの微細な心理描写は秀逸の一言。 人間関係の中で生じる立場の違いや優劣の差などにフォーカスをあて、 各々が心に秘めるエゴや葛藤をひねりのきいた表現で描く手法は、 いずれの著作にも共通する得意技だ。 三部構成になる本作品は、転機を迎える3人の女性が主人公。 看過できなくなってしまった悩みや困難を克服するために 過去に形成したコンプレックスと向き合い、自身のココロに「革命」を起こす。 タイトルの「スペードの3」というのは、 トランプゲームの「大富豪(大貧民)」にあるローカルルールの一つ「革命」からきている。 ある特定のカードが出されたとき「革命」が起こり、 それまでのカードの強さの順位が逆転するというもので、 つまるところ一番最弱だった「3」がとたんに最強になるという。 そんなローカルルールを知らないボクにとって、 その「革命」が意味するところの「立場の逆転」が どうも始終ピンとこなかったのはここだけの話。 とにもかくにも25歳という若さにあって、 人が誰しも持つ優越感、プライド、嫉妬、過剰な自意識など、 そのあたりの醜い心の有り様をどうしてこうも描ききれるのか、そこに尽きる。 また、表現の一言一言に洒落やトンチがきいていて、詩的でハイセンス。 糸井重里も真っ青な、コピーライターも向いているかもしれない。 そういう意味でも、本作はこれまでの作品の集大成のような、朝井エッセンスが盛りだくさん。 ただし! ボクはもう『桐島~』と『何者』でおなかいっぱい。 そろそろ朝井氏自身にも「革命」が必要なのかもしれない。
2014.07.26
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ニラと長芋のチヂミ

ニラが安かったりしたら、ついつい食べたくなるチヂミ。 なんてったって酒のつまみにピッタリだし、いたってカンタンだから。 けっこう腹もちもいいしね。 ということで、ニラチヂミの作り方。 ともかくタネは小麦粉じゃなくて米粉を使う。 これを常備してるかしてないかで、チヂミを作るハードルは格段に違うといってもいい。 まあ、小麦粉でもできるんだけど「だったらお好み焼きでもいいじゃん」 …なんて誰かの突っ込む声が聞こえる気がするし。 なにより、食感が違う。さくっとモチっとは米粉なくしてはありえない。 ニラだけでもうまいんだけど、あともう一つってときに助かる長芋。 なかなか使い切ることがなくて、半端なものが余ってたりするんだよね。 だからといって、ここでお好み焼きのように擦ってネバネバさせてしまってはダメ。 だってチヂミをつくるんだから。せっかくの米粉も台無しだしね。 ここは歯ごたえを重視して、短冊切りにすべし。 ではでは、卵と水と米粉を混ぜあわせたベースに ニラと長芋と天カスを投入! 天カスは食感とコク出し。 調味は塩を少々、砂糖をさらに少々。 あと、白だしを少し足す。(だしの素でも可) ごま油をひいて熱したフライパンにつくったタネを入れる。 できれば、焼く前にタネは10分ほど落ち着かせるといい。 なじむというか、まとまるというか、そのほうが材料がひとつになる気がする。 中火にしてしばらく触らずに放置しておくと、こんがりきつね色な感じになるので 裏っ返してもう片面もじっくり焼き上げる。触ってはダメ。 さらにしばらくしてヒックリ返し、もう一度片面に火を通して出来上がり。 焼くときは絶対に蓋を使わないこと。ベチョベチョになるからね、 適当に切って、タレとともに盛りつける。 タレは酢醤油にゴマとごま油を少々。 サクッとした外側とモチっとした生地の食感がたまらない。 ニラの風味と長芋のホクホク感がなかなかGOOD!
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飛鳥寺

596年に建てられた日本初の本格的な寺院・飛鳥寺。 発願は蘇我氏の全盛時代を築いた蘇我馬子。 ゆえに蘇我氏の氏寺でもある。 意外なほど小さな門の前には「飛鳥大佛」と彫られた石柱が建っている。 本来なら、この文字は「飛鳥寺」であるべきはずだが、そうしない理由はおそらく、現在の寺号が「安居院」だから。 そもそも飛鳥寺は平城京に移されたときに「元興寺」と名を変え、飛鳥に残った同寺院は「本元興寺」と呼ばれることに。 (その元興寺は「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている) その後、「本元興寺」は鎌倉時代に落雷で焼失するなどし、江戸時代まで飛鳥大佛だけが石の台座に残されたままだったそう。 あまりの状態に、いつしかどこぞの夫婦が小さい仏堂を寄進し、香具山の寺院にいた僧侶が隠居しにきた際、現在の「安居院」と改め、飛鳥大佛の補修を手がけたという。 本殿へ足を踏み入れると、左右を阿弥陀如来と聖徳太子に臨座・臨立され、中央にご本尊の飛鳥大佛がどしりと鎮座している。 飛鳥時代の仏師「鞍作止利(くらつくりのとり)」が手がけ、年代がわかる仏像のなかでは日本最古の仏像とされている。 頭部の額から下、鼻から上の部分と、左耳、右手中央の指3本だけが当時のままで、過去に被った火災による損傷と風雨等による劣化の激しさが窺える。 とりわけ、飛鳥時代を物語る典型的なアーモンド形の瞳と印象的なアルカイックスマイルが残っていたのはまさに奇跡としか言い様がない。 さらに本堂の奥には、庫裏の一角を利用して、寺宝として所有する仏像や文化財の展示スペースが設けられていたり、きれいに整えられた趣深い中庭を臨むことができる。 本堂奥の回廊から外へ抜けると、思惟殿と呼ばれる観音堂が現れる。 こちらのご本尊は聖観世音菩薩。新西国三十三箇所の札所の一つだ。 そこからさらに西へ歩みを進め、小さな門をくぐって境内の裏手へ抜けると、視界いっぱいに畑の広がる風景の中に、ポツンと五輪塔が立っている場所へ出る。 その五輪塔が、有名な「入鹿の首塚」である。 稲目、馬子、蝦夷、入鹿と4代にわたって大和の政権を掌握してきた蘇我氏本宗家。 入鹿の代になり、いよいよその専横ぶりが見逃せなくなってきた皇極4年(645年)、談山神社での談合の末、飛鳥板葺宮にて中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我入鹿を暗殺。 翌日には父・蝦夷を自殺に追い込み、蘇我氏本宗家は滅亡する。 その後、改新の詔を以て大化の改新が行われ、天皇中心の政治へと大きく舵を切ることに。 この首塚に入鹿の首が実際に埋められているか否か定かではないが、飛鳥板葺宮での凶事の際、はねられた入鹿の首がここまで飛んできたという真しやかな尾ひれまでついている(たしかに近隣ではあるが…)。 背後に見える甘樫丘の麓は、蘇我氏の邸宅があったとされる場所。 たとえ無惨な御首級だけになっても、権勢を誇示した我が屋敷を臨む一族縁の飛鳥寺まで戻って来たかったのかもしれないな…と手前勝手な想像を逞しくすると、そんな荒唐無稽な伝承でさえ無性に人間臭く思えてしまい、なんだか素直に信じてみたくなる。
2014.04.23
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鶏むね肉の照り焼き

たいてい鶏もも肉を使う照り焼きチキンを、どうにかこうにか鶏むね肉でやってみたところ、けっこう美味しくてなにかと困った時に役立っている。 なんてったって安い! 国産でさえ、もも肉の半分のプライスなもんだから、 給料日前の破綻しかけな懐事情にとっても大変ありがたいわけで。 とりもあえず、むね肉をそぎ切り。 あまり小さいと固くなるので、二口大ぐらいで。 ボールに並べて、塩と胡椒を少々をふりかけ、砂糖を小さじ1/2、日本酒を大さじ1ぐらいで下ごしらえ。こうすることで柔らかな口当たりに。 照り焼きのタレとのからみをよくするために片栗粉をまぶす。 揚げるわけではないけれど、けっこうしっかりめにつけることでふっくら仕上がる。 オリーブオイルを敷いたフライパンに並べ、皮がついている側面から焼いていく。 揚げ焼きのイメージなので、少しオイル多めに。 火は中火で焦げ目がつくまでしっかりと。 触ってるとめちゃくちゃ固くなっているような感じだが、これが衣のおかげで中身はふっくらやわらかい。 焼いている間に、照り焼きのタレを準備しておく。 砂糖大さじ2、日本酒大さじ2、みりん大さじ2、醤油大さじ2と1/2。 本来はこれが基本的な照り焼きのタレだが、さらにここへお酢を大さじ1/2追加。 これで旨味が引き立ち、身もよりやわらかくなる。 両面ともほどよくきつね色になって、焦げ目がついたら先ほどのタレを投入! えぇっ!と思うほどタレの量が多いような気もするが、これでちょうどいい。 火はしばらく中火のままでOK。 ぐつぐつ煮込んでいると、みるみる水分がとんで、自然ととろみがついてくる。 そうなると火を少し弱めて、焦がさないようにもも肉とからめていく。 ある程度水分がなくなって、酢豚のようになったらできあがり。 けっこう濃厚なので、口やすめのトマトなんぞとどうぞ。 淡白な鶏もも肉が、白飯にぴったりの最強おかず飯に大変身。 もも肉は疲労回復にも一役買うらしいから、お疲れのときにもぜひ。
2014.12.12
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『祈りの幕が下りる時』

加賀恭一郎シリーズの最新刊。 テレビドラマ『新参者』で阿部寛演じる主人公といえばピンとくる人も少なくないだろう。 その原作『新参者』で練馬署から日本橋署へ異動してきた元警視庁捜査一課の加賀が日本橋界隈を地道に歩きまわり、その街で営む様々な人と触れ合いながら、街のすべてを知ろうとするひたむきな行動の真意がついに本作で明らかにされた。 物語の中心には、源泉を同じくする二本の大きな河が流れている。 一つは、事の発端となる殺人事件。 もう一つは、失踪した加賀の母に関わる謎。 その二本の河はときに枝分かれし、ときに合流しながら、真相という名の海へ流れていく。 その河に浮かぶ舟の船頭役には加賀の従兄弟で警視庁捜査一課の松宮があてがわれ、一方の当事者でもある加賀本人は、あくまで物語のスピードを調整する櫓や櫂のような役回りだ。 そうすることで読者は松宮の目をとおして事件を客観的に俯瞰することができ、『赤い指』(もっといえば『卒業』)から続く加賀の祈りの終幕を静かに見つめることができる。 同シリーズの直前の3作品(『赤い指』『新参者』『麒麟の翼』)を含む全4作に共通うするテーマは苦しいほどにせつなく、それでいて狂おしいほどに愛おしい我が子への愛。 守るものが存在する世界において、その幸せを祈り、その未来の安寧を手に入れるためなら、人はとてつもなく強くなれ、とんでもない狂気をかかえることも厭うことはないのだと、そんなメッセージがこの作品から伝わってくる。 いい年をして人の親はおろか、未だに守るべきものさえ持てない己でありながらも、東野圭吾の描く様々な愛のあり方に触れるたびに目頭が熱くなる。 いつの日か再び、加賀恭一郎に会えることがあるとして、守るべきものが存在する世界へ己の身を投じていたとしたら、今とはもっと違った感じ方をするのだろうか。 できればそんな再会であることを祈りつつ、その日がくるまで楽しみに待つとしよう。
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安倍晴明神社

年に一度、生まれ育った場所へ足を運ぶことにしている。 育ったとはいえわずか3歳までのことだから、厳密にいえば生まれた場所(産土)ということになるけれど。 その産土を治める鎮守の森へ「まいる」その後で、周辺に点在するいくつかの社にもご挨拶へ伺う。 その一つがこちらの「安倍晴明神社」である。 御祭神はもちろん、平安の天文博士・陰陽道の祖とされる安倍晴明公その人。 境内には晴明公誕生の碑があり、母・葛乃葉(くずのは)が使用したという産湯井の跡が存在する。 鳥居をくぐるとすぐ正面に拝殿が見え、神社としての規模は思いの外小さい。 かつて晴明公の子孫と称する保田家が旧社地を寄進したとされ、現在は50メートル先にある阿倍王子神社の末社として管理されている。 こじんまりとした拝殿は、至る所に五芒星が掲げられいかにも物々しい。 一般の拝殿ではあまり見かけない格子戸が手刀で切った九字のようで、まるで魔を滅し邪を払う晴明公を体現しているかのよう。 境内にはほかに、真っ赤な鳥居が異彩を放つ父・安倍保名(やすな)を冠した稲荷社や母・葛乃葉(くずのは)が信田森から飛来する姿をイメージした「葛乃葉霊狐の飛来像」、はては晴明公の等身大銅像などがあり、小さいながらも来訪者をもてなす姿勢はさすが大阪というべきか。 さらに、社務所では御朱印やお守りの授与の他に、晴明由来の占いなども行われている。(御朱印とお守りは先出の阿倍王子神社の社務所でも授与していただける) 浪速精神溢れる息吹と拝殿から放たれるピリリとした空気感がせめぎ合う小さな境内。 路面電車が走るディープな大阪の下町に、そんな不可思議な一角があることを知る人は意外に少ない。 安倍晴明公縁の「まいる」情報 京都市上京区の「晴明神社」 大阪府和泉市の「信太森葛葉稲荷神社」 奈良県桜井市の「安倍文殊院」
2014.07.24
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『ペテロの葬列』

ミステリーの女王・宮部みゆきが1年半に及ぶ新聞連載で綴った 主人公・杉村三郎シリーズの単行本化。 どうもピンとこないという人は、昨夏に放映されたTBSのテレビドラマ、 月曜ミステリーシアター『名もなき毒』といったほうが分かりやすいかもしれない。 主人公の杉村三郎には、宮部みゆきにイメージ通りと言わしめた小泉孝太郎を起用し、 同名小説と『誰か Somebody』の2作を原作に劇中設定を再構成。 上々の滑り出しでスタートし、驚異的なヒットにはつながらなかったものの、 好評のうちに終了した今どき珍しいドラマだった。 さて、「毒」がテーマだった前回とは違い、今回のテーマは「嘘」。 タイトルのペテロは、嘘をついた有名な寓話「三度の否認」を意図している。 「マルチ商法」「サイバー被害」といった社会問題を題材に、 そこに巣食う「悪」が伝染する仕組みをつまびらかに描いた珠玉の一作。 序盤のバスジャック内で起きる異様な雰囲気を杉村三郎の目を介して見事に表現し、 後に起こる事件の伏線をさらりと蒔いてしまうあたりはまるでクリスティのごとし。 また、事件と交差するように語られる三組の夫婦の織りなす愛のカタチは、 三者三様でありながら、そのいずれもが悲しくて虚しくて救われない。 衝撃のラストは予想外の展開で、あまりの結末にしばし放心状態になるほど。 良くも悪くも宮部みゆきというストーリーテラーに翻弄されっぱなしの690ページ。 シリーズをとおして登場する今多嘉親会長の真意や、園田瑛子編集長の過去も明らかになるので、 できればシリーズ1作目の『誰か Somebody』から読まれることをオススメしたい。 最後に一言だけ。 どうしても杉村菜穂子が好きになれなかったが、やっぱり今回も好きになれなかった。
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八大竜王拝所(竹生島)

日本一大きな湖・琵琶湖の北側に浮かぶ神秘の島「竹生島」。 島へのアクセスは定期船にて湖西の今津港、湖東の彦根港・長浜港からおよそ30~40分。 とあるきっかけから、毎夏に一度は必ず「まいる」ことにしている。 古来より信仰の対象だった竹生島は、神の棲む島とされ、 浅井姫命伝説の都久夫須麻神社(竹生島神社)、 日本三大弁天で知られる宝厳寺(西国三十三所三十番) かわらけ投げで有名な八大竜王拝所、 天狗堂、観音堂、黒龍堂とパワースポットが目白押し。 本来なら、今夏の参詣後に投稿するところだが、 これほどのボリュームを一度にご紹介するのは厳しいこもあり、 映画『偉大なる、しゅららぼん』の公開に合わせて、 今回は劇中で重要なキーとなる「八大竜王拝所」にのみスポットあててみた。 さて、島へ上陸してひたすら長い階段を登り、順当に巡っていけば、 都久夫須麻神社の下方真正面に向かい合う八大竜王拝所へたどり着く。 ところが、約2年前から同所周辺の改修工事がはじまり、 それからは仮の拝殿(?)にて参詣するしかなくなった。 それがこの春、まるで映画の公開に合わせたかのように工事が終わったようで、 おそらく見事なまでに立派な拝殿が完成しているはず(今季参詣にて報告予定)。 拝殿にはとぐろを巻いた阿吽の蛇が狛犬のように配され、 正面に放たれた開口部からは、青く澄み切った琵琶湖が望める。 奈良の大神神社に本殿がなく、拝殿からご神体の三輪山を拝するのと同様に、 ここではこの琵琶湖がご神体であり、八大竜王そのものであるということだろう。 拝殿の横にはさらに大きな開口部があって(改修工事前)、 そこから眼下を望むと湖岸に面して鳥居がポツンと立っている。 それは有名な安芸・厳島の鳥居に遠く及ばない簡素なものだが、 不思議とその風景を彷彿とさせるような神秘的な佇まいを見せていた。 そして、この鳥居を利用して厄を落とすというのが有名な“かわらけ投げ”である。 “かわらけ”というのは素焼きや日干しでつくった土器の酒杯や皿のこと。 受付で購入した2枚の“かわらけ”に名前と願いを各々記入し、 眼下の鳥居中央へ向けて投げ、ちゃんとくぐれば願いが叶うという。 よく見ると、鳥居の周辺は投げられた“かわらけ”の残骸で敷き詰められている。 もちろん、ここまで来て投げない理由はない。 過去3回、いずれも厄祓いを祈願して投げたうち、 なんと2回はど真ん中を通り抜けた(しかも2枚とも!)。 たしかに無事に3年間の大厄をやり過ごすことができたのだから、 とにもかくにもお陰様で大変ありがたいことである。 さて、そんな拝所を後にして再び先へ進もうとしたとき 本来のルートとはまったく違う細く狭い道を発見。 (もちろん初めて訪れたときの話) それは、ちょうど都久夫須麻神社の裏手にまわるような方向で、 踏み入ってはいけないのかと思われたが、結界のようなものはなく、 まるでなにかに誘われるようにフラフラと歩みを進めると、 目の前に現れたのは伏見にあるような真っ赤な鳥居と石の鳥居だった。 石鳥居の前には2本の石柱があり、そこにはそれぞれ 「平成巳巳歳巳巳月巳巳日」と「奉納某氏」の文字が。 さらにその前には阿吽の龍。 そしてその先は、ただただ琵琶湖があるのみ。 (改修工事より、ここには行くことができなくなった) そこから見える島の外壁は緩やかなカーブを描き、 竹生島がまあるい円状であることがよくわかる。 ふと、小さな波が打ち寄せる湖面へ目を落とすと 外壁は1メートルも満たずに水の底へ消えていた。 そう、竹生島は琵琶湖の最深部に突き立つ巨大な円柱の わずか上方のほんの一部に過ぎない。 その円柱のはるか下方には、長い肢体を柱に巻き付けながら 鋭い双眸を湖面へ向ける巨大な龍が本当にいるのかも…知れない。
2015.06.22
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カニ味噌のクリームパスタ

消費増税前に冷蔵庫を買おうかなぁ…なんて迷いつつ、 そのあとひと押しがほしくて、10数年に及ぶ経年劣化の 明らかな不具合をそれとなぁく探していたら、 奥のほうに何やら見かけない小瓶を発見。 あれあれ? ジャムかなにか? なんて引き寄せてみると、 年末年始にもらったカニ味噌の瓶詰めがっ!!! うそう! 忘れてた~! なんて慌てて賞味期限を確認したら わずか数日前のギリギリセーフ。ε-(´∀`*)ホッ ただ、セーフはセーフなんだけど、日本酒でチビチビやってても なかなか劇的に減っていくもんでもなく、期限に間に合いそうにない。 そこで考えたのが、このカニ味噌のクリームパスタ。 ソースにすれば、大量に無駄なく消費できる! …とまあ、そんなわけで作ってみた。 まずはともかくパスタを茹でるところから。 ソースによく絡まるように少し細めのスパゲッティーニを たっぷりの沸騰した塩水へ投入。 さて、パスタを茹でている間に肝心のソースづくり。 ニンニクのみじん切りでオリーブオイルに風味をつけ、 件の瓶に詰まったカニ味噌を入れ、軽く温める。 オイルと馴染み出したら、生クリームとバターを入れて 沸騰させないように、じっくり伸ばしていく。 そうしているうちに茹で上がったパスタをソースの中へ。 このとき、ザルに移して水をきらずに 鍋からそのままトングで移すようにすると、 パスタのゆで汁も適度に入っていい感じに。 あとはひたすら絡めて絡めて絡めまくり、 黒胡椒をふりかけて、ちょこっと味見。 調味はカニ味噌と茹で汁の塩気だけなんで 少し物足りないようならここで調整を。 あとは海苔を散らして出来上がり。 さらにカニ缶なんかあれば具材として最高だが、 なにもなくても十分濃厚なカニ味噌クリームパスタ。 材料さえあれば超簡単なんで、カニ味噌を 旅の土産などで頂いたときにはぜひともオススメ。
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『偉大なる、しゅららぼん』

今週末の封切りを前に読み返してみた『偉大なる、しゅららぼん』。 著者は、少し前に新刊『とっぴんぱらりの風太郎』をここで紹介したばかりの万城目学。 なるべく同じ作家を避けるように気をつけていたことなんぞこの際なかったことにして、 ちょっとばかりその魅力をお話したい。 舞台は滋賀県の琵琶湖。 その湖畔にて代々継承されてきた不思議なチカラを持つ一族日出(ひので)家。 その分家の次男坊が、高校入学を機に本家へ修行にやってきたことから事件ははじまる。 日本で唯一城に住む日出本家。真っ赤な制服を着る長男。白馬に跨る引きこもりの長女。 そして琵琶湖に佇む神の島「竹生島」。 冒頭からマキメワールド全開で話が進み、 かつての『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』を彷彿させる壮大なスケールは、 ページをめくるスピートを最後まで緩めることなく駆け抜ける。 過日、著者にインタビューする機会に恵まれた際、 「京都」「奈良」「大阪」と物語を書き上げ(そのときは『プリンセス・トヨトミ』を執筆中だった)、 その次の舞台はもうどこにするのか決めているのか…なんていう不躾な質問に 「今度は特定の地域から離れた、架空の世界を舞台にしたいです」なんてお答えいただいたことを今でも覚えている。 となれば順当に数えると同作がこれにあたるが、どちらかといえばそういう意味では 先出の『とっぴんぱらりの風太郎』がそうなのだろう。 ならば、同作はおそらくその手前に執筆したある種の集大成。 「京都」「奈良」「大阪」の根底に流れる歴史ロマンの大河に、 万城目流の切り口で魔法をかけた前三部作の源泉ともいえるのが、 この「滋賀」の琵琶湖を舞台にした『偉大なる、しゅららぼん』なのではないか。 映画では『プリンセス・トヨトミ』に出演した岡田将生を主人公に迎え、 日出本家長男役に『鴨川ホルモー』に出演した濱田学がコンビを組む。 これまですべての著作が映画化・ドラマ化されているが、 そのいずれも設定を少し変えて制作されている。 その辺りにも注目しながら、来る映画の鑑賞に臨みたい。
2015.06.22
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大阪天満宮(天満天神梅酒大会)

御祭神は、言わずと知れた平安時代の学者で政治家でもあった菅原道真公。 菅公をお祀りするこうした神社は全国各地に数多く点在し、なかでも有名なのが福岡の太宰府、京都の北野、山口の防府、そしてここ大阪天満宮である。 浪速っ子からは「天神さん」と親しみを込めて呼称され、幾度もの火災に遭いながらも大阪市中の氏子や崇敬者の尽力により今日に至る。 境内には梅の花を好んだ生前の菅公にちなみ、梅の木が植えられ、花の見頃には一段と賑を増す。 そして毎年2月、この境内に日本全国の梅酒が集まり「天満天神梅酒大会」が催される。 2006年よりはじまった同大会も今年で第8回目。 出店銘柄は梅酒部門210種類、リキュール部門116種類。なんと計326種類の試飲ができてしまう。 簡単な流れは次のとおり。 前売券もしくは当日券を購入し、ひととおり試飲した後、チケット付属の投票券に 「うまい!」と思った銘柄の番号をそれぞれ5つ記入。 後日、最終審査が行われ、本年の日本一が決定する。 わざわざお金を払ってまで…なんて思っていると大間違い。 多少の人混みと待ち時間が気にならないなら、これだけの数の梅酒の利酒ができるチャンスはそうそうない。 ただし、全部の梅酒を試飲をするつもりで行くと、いろんな意味で覚悟のいることになるため、「話の種に…」なんて気軽なキモチで参加してみるのがオススメ(投票の厳密性や公平性に欠けるけど)。 とにもかくにも、とびきり甘かったり、とってもすっぱかったり、どろっとしてたり、フルーティだったり、さわやかだったり、濃厚だったり…210種もあって一度として同じ味がないことに驚くばかり。 梅酒一つでこれほど多様な味が出せることに、日本の酒蔵の底力を見た気がした。 さてさて、まだまだ語り足りない大阪天満宮。 今回は「天満天神梅酒大会」のことに始終したが、そもそも天神さんは逸話が多く、一度に全部は大変難しい。 一千年の歴史を誇る祭典、日本三大祭の一つ「天神祭」は夏に持ち越すとして、 御霊信仰や御使の牛などについては、いずれ登場する「太宰府」「北野」「防府」のときにでも。 最後に菅公が詠んだ有名な梅の歌を。 「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
2014.03.03
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